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基調報告
「木の街・むらづくりの基本コンセプト」と今後の地域の展開

東京大学大学院助教授 安藤 直人

   

住宅と木材利用のあり方を考え直すとき

 皆様,本日は,「木の街づくりシンポジウムPart2」においで頂き,誠にありがとうございました。

 これから,3人のパネラーをお招きして,「木の街・むらづくり」の今後の進め方について考えていきます。この「木の街・むらづくり」は,ことさら新しいテーマではありません。昔からやってきた,国産材,地域材の利用を進める運動を,これからも続けていくということです。ただし,その中で新しく感じるところがあるとすると,それは時代が変わってきたということだろうと思います。

 今の日本は閉塞感の中にあると言われていますが,この状況の中で,もう1度,私達の住宅問題について考えるべきときに来ています。戦後きた道とこれから進む道の間で,住宅をどのように考え,木材の利用をどうとらえていくのか。先ほど司会の方から,机上の空論になってはいけないというお話がありました。いわゆるムードに終わらせない,もっと地に根ざして木材の商品化にまで踏み込んだ議論と検討が必要だろうと思います。そこで,こうなるべきというお話よりは,実際にはこういうことが行われているという事例紹介を中心に,後ほど3人のパネラーの方々からお話して頂こうと思います。

 この「木の街・むらづくり」事業は,昨年度にスタートしました。昨年度は,『「木」の街・むらづくり基本コンセプト』を作成するとともに,神戸で「木の街づくりシンポジウム」(平成13年3月3日)を開催いたしました。このシンポジウムは,本事業の成果である「基本コンセプト」の解説を中心に行い,併せて4名のパネラーの方から事例報告をして頂きました。おかげさまで,このシンポジウムが好評でしたので,本日,2回目のシンポジウムをここ名古屋で開催させて頂くことになりました。そこではじめに,前回のシンポジウムの内容と併せて,「基本コンセプト」の要旨をお話させて頂きます。特に,なぜ今,地域材の利用が求められているのかについて,私の考えを述べさせて頂きます。

木材供給第一主義から循環利用へ
 昨年の12月,国(林野庁)が「林政改革大綱」とこれに基づく「林政改革プログラム」を発表しました。これは,これまでの木材利用のあり方あるいは考え方が変わり始めていることを意味しています。

 日本の戦後は,住宅不足の状況から始まりました。したがって,木材は,統制物資であった頃に引き続いて,建築資材としての用途が重視されてきました。家が足りない,建築資材が足りないという時代背景の中で,木材を生産することがまず第一に要請されてきました。それがここへきて,森林には多様な機能がある,いろいろな役割があるという見方に変わってきました。例えば,森林の水土保全機能により,日本の国土が守られているという見方が強調されるようになってきています。このような時代状況の変化が,「林政改革大綱」の背景にあります。

 また,「林政改革大綱」では,新たに森林整備を機能別に推進していく方向が打ち出され,「水土保全林」「森林と人との共生林」「資源の循環利用林」という3つの区分が示されました。木材生産の機能は,3番目の「資源の循環利用林」で発揮されることが期待されていますが,その際には「循環利用」という視点が強調されています。要するに,生きている木から生産される木材をサステイナブルに使っていき,再び森林に植林をするという循環型の利用を実現することが求められているわけです。本日お集まりの皆様は,木材生産にかかわる方が多いと思いますが,今必要なことは,単に木材を生産するだけではなく,森林資源の持続的利用を実現することであり,その担い手として期待されているのが木材産業であるということです。この点が,建築資材の供給を第一にしていた時代とは,本質的にトーンが変わってきていると思います。

 したがって,木材産業の存在意義も変わる必要があり,それが「構造改革」という言葉で表されています。最近は,「聖域なき改革」が求められる時代ですが,やはり木材産業自体も変わっていかなければいけない。新たな発想のもとに,木材産業の構造改革を進め,木材利用の推進に取り組むことが必要になっています。

木材利用を進めるための4課題
 以上のような認識のもとに,国(林野庁)は,木材利用を推進するための課題として,4つの基本方針があげています。

 1つは,国民への普及・啓発ということで,やはり木のよさというものを訴えていく必要がある。ただし,それは昔から使ってきたからいいんだというだけでは,ある意味では時代錯誤であり,不十分だと思います。現代を生きる人々にとっての木のよさをどのように伝えていけばいいのかということが問題です。

 2つめは,住宅への地域材利用の推進です。ここでの地域材とは,あるエリアで生産される木材のことを指しています。この地域材を,その周辺エリアのマーケットで利用していくことが求められています。すなわち,地域材の利用によるビジネスが発生することが必要であり,そういう取り組みを推進していくことが基本方針に掲げられています。

 3つめは,公共部門等での木材利用の推進です。例えば,地域のランドマーク的な公共的建物に地域材を積極的に使うよう働きかけていくということです。

 そして4つめは,木材資源の多角的利用です。これは,木材を建築資材以外にも広く利用していこう。いわゆるバイオマスエネルギーなど,木材の多面的な利用を考えていくということです。

 このような4つの取組課題を,「循環」という視点から解決していくことが必要になっています。

消費者のための「木の街・むらづくり」を
 私は戦後生まれで,小さい頃からずっと東京で育ってきました。ですから,古い時代の都営住宅などが記憶に残っていますし,東京が復興する様子を見続けてきました。これまでを振り返ってみますと,この30年位で,家づくりが産業化して大手住宅メーカーが出てきて,今日に至っています。それが今ここで,見直しの時期にきています。私達の住宅をこれからどのように整備していけばいいのかが問われており,この点が,木材利用を推進する上でも,重要な鍵になると思います。

 その1つの答えが,消費者のため,住民のための「木の街・むらづくり」であり,本日のシンポジウムのテーマでもあります。これは非常に大事なことで,今までは消費者のためとはなかなか言わなかった。住宅は,住宅生産者,あるいは住宅供給者の論理でつくられてきました。もちろん,その論理は当然必要なのですが,やはり最終消費者,エンドユーザーのための「街づくり・むらづくり」を考え,その中で木がどう使われるのかを検討することが必要です。

 また,もう1つの方向として,「循環」を大切にすることも強調されています。本日,当会場のまわりで開催されているセミナーなどを見ても,資源循環やゴミ処理などのテーマが非常に多くなっています。今,有料のセミナーをやるならば,こうしたテーマでないと集客できないという位関心が高まっています。しかも,こうしたテーマは,一過性のものではなくて,これから考えて続けていかなければならない問題です。資源リサイクル,あるいは資源が循環するというイメージをどう具体化していくか。少し大げさな言い方になりますが,木材は,非常に長い時間,地球上で使っていける材料です。ただ,地球とか日本とか言っても,対象が大きすぎてわかりにくいかもしれません。そこで,私達が生活している,行動している範囲である地域というものに視点をおいて,「循環」ということの具体的なモデルを考えてみることが必要です。木材の生産や流通についても,東京,名古屋,大阪,福岡といった大きなマーケットに対して,地域というものをどう捉え直していくのか。その中で,木材産業は持続可能な産業であるというイメージを具体化していくにはどうすればいいのか。その答えの1つとして,「木の街・むらづくり」の推進という取組課題が出てきたわけです。

基本コンセプトが示した5つの方向
 昨年度にまとめた「基本コンセプト」の結論は,「木を活かす」「人を活かす」「技術を活かす」「生業を活かす」「繋がりを活かす」の5つです。この図(五段変革活用)を見ていただいても,結論はあまりにも普通のことではないかと思われるでしょう。

 「木の街・むらづくり」を進めるということは,木材の利用を推進するために,何を見直すか,どこを変革すればいいかということでもあります。そうしますと,まず私達が育ててきた「木を活かす」ということが必要です。そんなことは当たり前だと言われるかもしれませんが,ここで改めて他の材料と比べて,木という材料の特質,特性を踏まえた活用方法を探っていかなければなりません。これは国民への普及・啓発のあり方にもつながりますが,単に木がいいと言っているだけでははじまりませんので,本当に国民が木はいいと思える使い方を模索し,提案していかなければなりません。

 次に「人を活かす」とは,住民,あるいは地域の人々が生き生きと暮らせるようにしなければならないということです。高度成長期においては,人よりも会社や事業性などが優先される傾向にありました。これを見直して,もう1回原点に戻って,「人を活かす」ことを考えていくということです。

 3番目は,「技術を活かす」ですが,ここで言う技術は,技能ではありません。技能ではなく「技術を活かす」,この違いが重要です。木材や建築の分野では,技能の伝承ということがよく言われます。これは非常に大切なことです。しかし,そこに止まるだけではなくて,今の加工技術や,科学的に証明されてきた木材の新しい特性を活かしていこうというのが,「基本コンセプト」で言っていることです。ですから,単純に昔はよかった,あるいは昔のものを残さなければいけないということではありません。私達が生活している現代社会で木材を活用できる新しいチャレンジをしていこう,そのための技術を活かしていこうということです。

 4番目の「生業を活かす」とは,これまで申し上げてきたことを,よその誰かにやってもらうのではなく,木材産業に長く携われてきた方々の知識や,それこそ技能も含まれますが,そういうものを集めた生業を活かすことで実現していこうということです。つまり,木材産業が,「街づくり・むらづくり」の中で,主要な役割を果たすべきではないかということを言っています。

 その上で,「繋がりを活かす」ことを5番目にあげています。「街づくり・むらづくり」というものは,木材産業だけで完結する話ではありません。さまざまな周辺の産業,そして地域とのつながりの中で,木材産業の成立を考えていかなければなりません。地域の方々と連携し,つながりを深めることで,木材を普及し,事業化し,そして商品化していく。ここが大きな課題になると思います。

具体的な事例を通して考える
 ご存知のように,日本の木材自給率は,いまや20%を切っています。建築の分野においても,輸入材が大勢を占めるという時代です。しかし,森林あるいは木材の利用を,地域の経済と分離したままにしておいて,果たして地域の社会は守れるのでしょうか。私は,ここでもう一度,地域の主体性が活きる,あるいは活かすことを考えるべきだと思っています。

 これから3名のパネラーの方をお招きしてパネルディスカッションをスタートいたします。お三方とも,それぞれいろいろな取り組みをされています。そうした具体的な事例をご紹介していただいて,その後,会場の皆さんと一緒にこの問題を考えていきましょう。一方通行のお話というのは正直言って飽きますので,バトルトークという感じで,ぜひ会場参加型で進めさせていただければ幸いです。

 まずはじめに,お三方をご紹介いたします。最初にお話をして頂きますのは,1回目のシンポジウムでもパネラーをお願いしました,市浦都市開発建築コンサルタンツ住宅技術室専門役の溝渕木綿子さんです。溝渕さんには,同社の技術開発の成果を具体的に建築のどこにどのように使ったかという事例をお話頂きます。次に,アルセッド建築研究所副所長の大倉靖彦さんにお話を頂きます。溝渕さんと大倉さんは,お二人とも建築関係からお招きしています。木材と建築は,本来もっと密接につながっていなければいけないと思いますが,建築の人は木材のことを知らないし,木材の人は建築のことを本当に知らない。これは国土交通省と林野庁の違いという言い方もできると思いますが,木材を活かしていこうというときに,縦割りの弊害が出ています。そこで,木のことを非常に愛してくださっている建築サイドのお二方のお話を聞いて,木材をもっとよく使えるようにするために,建築のことをよく知って頂きたいと思います。その上で,3人目のパネラーとして,東濃地域木材流通センター理事長の金子一弘さんに,日頃おやりになっていることをお話頂きます。

 私がシンポジウムのコーディネイト役をさせて頂くときは,せっかく皆様がお集まりになったのだから,楽しくやりたいというのがモットーです。パネラーのお三方からも楽しいお話が出てくると思いますし,その中で意味のあるバトルトークができればと願っています。

それでは最初に,溝渕さんから,いろいろおやりになっていることをご紹介して頂きます。

●東京大学大学院(農学生命科学研究科)の連絡先
 〒113-0032 東京都文京区弥生1−1−1 TEL03-5841-7516 FAX 03-5841-8198

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