インドネシア調査概要

 

(1)違法伐採問題の要因

 

違法伐採・違法輸出の実態は様々であり、地域によっても異なると言われている。そして、違法伐採・違法輸出の要因も多様であり、また様々な要因が複雑に絡み合っている。これらの要因の整理の仕方には様々な方法があろうが、本報告では、まず、大きく、直接要因(違法伐採・違法輸出へのインセンティブ増大)と間接要因(違法伐採・違法輸出の助長,抑止力の低下,直接要因が生じた背景)とがあることを認識した上で、それらを違法伐採・違法輸出に関わるファクター(地域住民、木材産業、政府・行政)ごとに整理する。直接要因としては、木材加工工場・林業企業が、不足気味の丸太、しかも安価な違法材を獲得しようとしていること、また地域住民が、手軽な現金獲得手段として違法伐採・違法輸出作業や違法材の販売を行おうとしていることが挙げられる。間接要因のうち違法伐採・違法輸出の助長や抑止力の低下としては、政府・行政の法強制力の低下、森林行政の混乱などがあげられる。以下、ファクターごとの整理を試みる。


@地域住民サイド

インセンティブの増大には、まず、先述のように、失業者の増大や収入の減少、天災による農業生産基盤の劣化・喪失により手軽な現金獲得手段としての違法伐採・違法輸出作業や違法材の販売従事へのインセンティブが増大したことが挙げられる。また、その一方で、政府・行政の法強制力の低下、森林行政の混乱に乗じて利益を上げようとする動きもある。

そうしたインセンティブ増大の背景(間接要因)として、失業者の増大,収入の減少については、深刻な経済不況、社会混乱による伐採事業や工場の操業停止や伐採事業の終了(事業権の期限切れ)などが挙げられる。

資源利用面における地域主義(地域エゴ)の増大につては、まず、急速な地方分権化・民主化により、その具体的内容に関して解釈が混乱し、中には自分たちの欲することを何でも主張し実践できるとの身勝手な解釈が広がったことが挙げられる。地方の政治家が選挙の公約として、票とりのためにこのような地域エゴをあおる場合もあった。こうした急速な地方分権化・民主化が行われた背景には、中央政府の側では資金融資を得るためにIMF勧告へ早急に対応する必要があったこと、一方地方の側では、スハルト開発独裁体制の反動、これまでのジャワ中心主義や地域にあまり恩恵をもたらさなかった森林開発政策への反発などがある。また、IMF勧告による伐採事業権発給制度の改革により、地域住民も小規模伐採事業権(HPHH)(*)が取得可能にとなり、これが場合によっては住民に資源利用面における過剰な地域主義(地域エゴ)を抱かせ、事業権取得競争が生じ、更には法強制力の弱化に乗じて無許可のエリアまでも伐採する者も現れている。不安定な森林行政方針と弱化した法強制力も、「先に利用したもの勝ち」とする風潮を加速させている。

違法入植の際に農地開墾の一環として行われる違法伐採も増加している。違法入植が増加している背景としては、深刻な経済不況による失業者の増大や収入の減少、天災による農業生産基盤の劣化・喪失、急速な地方分権化・民主化による解釈の混乱と法強制力の弱化が挙げられる。

 

* 伐採事業権の種類

・    森林事業権(HPH):大規模な伐採事業権。1州あたりの最大面積上限10万

ha、インドネシア全国での合計上限40万ha。伐採企業あるいは組合が取得。

・    林産物採取権(HPHH):最大100ha。地域住民が取得。

・    木材利用権(IPK):大規模造林やプランテーション開発の際に行われる整地

の一環としての伐採が対象。企業が取得する。


A木材産業サイド
 インセンティブ増大の原因としては、違法材の安さや構造的な丸太不足、近隣諸国における丸太不足などが挙げられる。

安価な違法材獲得へのインセンティブ増大の背景には、アジア通貨危機の影響を被り、深刻な経済不況、多額の債務返済に苦しむ企業の原木調達コスト切り下げへの需要などが高まっている中、IMF勧告による丸太輸出解禁に伴い丸太価格が増高したことなどが挙げられる。

丸太の不足に関しては、林産業育成政策により工場キャパシティの著しい拡大の一方で、産業造林事業などの供給サイドでの延びが伴わず、年間許容伐採量の数倍におよぶ木材加工キャパシティを抱える中へ、IMF勧告により丸太輸出が解禁され、国内流通丸太量が更に減少し、その調達問題が深刻化している。不足分を海外から輸入している工場もあるが、違法材に頼る工場も少なくない。

更に、マレーシアや中国は国内の資源不足から、インドネシアからも丸太を輸入しているが、かなりの量を違法に輸入していると見られている。そうした違法輸出に回される材の大半は違法伐採により供給されていると言われている。

 

B政府・行政サイド

政府・行政サイドにおける、法強制力の著しい低下、急速な地方分権化・民主化による森林行政の混乱は、違法伐採・違法輸出の抑止力の低下と助長をもたらしている。
 1998年5月のスハルト退陣以後、インドネシアの政治・経済は大混乱を迎えた。それを収拾すべくIMF勧告などが発せられ、これに基づいて急速な改革が断行されたが、結果は混乱に拍車をかけてしまった。更に、公務員・政治家においては、そうした混乱や深刻な経済不況、給料の安さから汚職が以前よりも増大した。そうして法強制力は著しく低下している中へ、IMF勧告により丸太輸出が解禁となり、違法材輸出と合法材輸出が混在する事態が生じ、ますますもって峻別・違法材の取り締まりが困難となった。また、同じくIMF勧告などへの対応から急速に行われた地方分権化・民主化への取り組みは、結果として森林行政面に混乱をもたらした。例えば、関連法規・制度の未整備あるいは矛盾、中央−地方間での権力争い、県政府の独断専行(伐採権の独自発給)などである。更に、先述のようにIMF勧告により伐採権発給制度の改革(地域住民も小規模伐採事業権取得可能に)が行われたが、これを監督する県政府の森林・林業セクションの整備が追いついておらず、膨大な申請書の吟味や現場監督が十分に行われていない。そのため不適切な伐採(広義には違法伐採)やコンセッション外での伐採などが横行しているとの情報もある。

C違法伐採の拡大構造
 以上のような様々な理由から違法伐採・違法輸出が行われるようになったが、その規模は非常に大きく(違法伐採量については後述)、今や違法伐採・違法輸出「産業」が形成されている様相である。そのため、新規参入が容易になり、最初は小規模な自家用木材採取だったものが、販売目的に規模を拡大するなどが容易となった。また、地域住民がよそ者による違法伐採へ対抗し、他人に使われるぐらいであればいっそ自分たちのために伐採をしょうと、違法伐採「競争」に参加するケースも報告されている。

(2)違法伐採(過剰伐採を含む)の形態


 違法伐採を行う主体は様々であると言われているが、大きくは、伐採企業や専門業者・海外業者等も関与する組織的・大規模なものと、地域住民が行う小規模なものとに分けられる。実際には、様々な両者の複合形態が存在し、厳密なタイプ分けは困難である。

前者の場合、一説には、軍や地方の有力者、林業省役人、国会議員等もが加わり、そのことが、問題解決を困難にしているとも言われている。また、大規模違法伐採の場合、大人数で武装することもあるため、違法伐採や違法輸出の現場を目撃しても、役人が数人いる程度では取り締まりは不可能である。地域住民が行う場合、周辺の先住民が日常生活に必要な材を採取する伝統的なタイプから、経済不況下で失職した者や天災により生産基盤を失った者が行うタイプ、民主化・地方分権化の混乱に乗じようとする者が行うタイプ、地元住民が他地域からの流入者・集団に伐採されるくらいであれば自分達で伐採を行おうとする対抗的なタイプまで様々な形態がある。また、中には慣習法に従い、慣習法の長の許可を得て行うこともある(慣習法的には合法な伐採)。
 違法伐採の主体を考える際、「住民」、「企業・業者」というカテゴリーの中には様々なタイプが混在する点を注意しなければならない。特に「住民」の中には、伝統的にそこに居住して昔ながらの生活を続けるタイプ、伝統的にそこに居住してきたとはいえ生活スタイルが大幅に変化したタイプ、新しい永住地を求めて移住してきたタイプ、違法伐採などによる当座の現金収入を求めて仮住まいしているタイプなど、現在のインドネシアの混乱を反映して、実に多様なタイプが含まれている。また、「企業・業者」の中にも、持続可能な森林経営に理解を示すが様々な理由から違法な伐採に手を染める企業、最初から略奪的な木材採取しか考えていない企業が混在している(なお、程度を問わないのであれば全伐採企業のおよそ9割弱が何らかの形で違法伐採に関与しているとする推測もある)。こうした点を踏まえて、対策を考えることが重要である。

違法伐採の行われ方には、伐採事業権を持たない集団や個人がウリン、ラミンなどの有用木が残る国立公園などに侵入して伐採を行うケース、合法的な伐採(択伐)が行われた後に林道を伝って侵入して伐採するケースが多いとされている。前述のように違法入植の一環として行われる違法伐採もある。伐採事業権を有する企業・個人に関しては、年間許容伐採量を越えて過剰伐採を行うケース、河川沿いや急傾斜地などの禁伐エリアを伐採するケース、事業対象地外を伐採するケース、など様々な形態がある。これらの伐採は、意図的な侵害もあれば、地図の未整備からくる誤伐も含まれている。また、年間許容伐採量内ではあるが、税金などを逃れるために伐採量を過小申告するケース(公式に記録されない伐採)もある。その他、企業が地元住民等に違法伐採を代行させるケース、違法伐採を黙認して知らぬ顔をして彼らから原木を調達するケースもあると言われている。


(3)違法輸出の形態


 丸太をそのまま密輸することもあれば、製材品などに半加工して密輸することもある。丸太を密輸する際にはマレーシアから中国にかけて輸送しているようだが、半製品の場合は遠く米国まで密輸することもあるようだ。中には、賄賂などにより正式な証明書を獲得して輸出される場合もある(違法な合法材)。こうした違法輸出により、輸出税を免れ、莫大な利益を得ているといわれている。最近は、マレーシアとの国境沿いで組織的な違法輸出が激化している。サラワク州内へ運び込まれた違法材は、賄賂などにより同州内の森林から合法的に伐採された木材として扱われるケースも多いと言う。サラワク州の木材工場に搬入される材の50〜80%はカリマンタンから密輸されたものとする推計もある。


(4)違法伐採量・違法輸出量


 違法伐採生産量(過剰伐採を含む)の正確な把握は、その性質上不可能であるが、いくつかの推計が出されている。例えば、Mujadi AT(2000)によれば、インドネシア国内消費分に関して、1997年の丸太の消費量は約8,650万m3であったのに対し、公式な伐採量は約3,000万m3、古紙再生利用は丸太換算で約1,550万m3であり、この不足の差約4,100万m3が違法伐採や公式に記録されていない伐採によってもたらされていると推測されている。1998年の違法伐採量は約5,700万m3とも推計されている。これらは公式な伐採許容量を大きく上回り、1998年(公式な伐採量は約1,900万m3)を見ると約3倍に相当する。
 一方、マレーシアや中国などへの違法輸出量に関しても、その正確な統計量の把握は困難であるが、2国間貿易統計の輸出入国側それぞれの公表データの差からいくらか推計できる。ITTOのデータベースによれば、例えば、中国とインドネシアの1999年の丸太貿易量は、インドネシア側の公表値が約88,000m3に対し、中国側の公表値が約580,000m3であり、その差は約492,000m3となっている。同じくマレーシアについては、インドネシア公表値が約7,860m3に対し、マレーシア公表値が約578,390m3であり、その差は約570,530m3となっている。
 以前から、違法伐採・違法輸出は報告されてきたが、政府・行政の法強制力の著しい低下や社会秩序の混乱を受け、ここ数年でその伐採量は以前とは比べものにならないほど激増していると言われている。

(5)違法伐採・違法輸出の影響


 違法伐採・違法輸出の存在は、特に国立公園において著しい森林の劣化/減少をもたらし、希少な野生動植物を含む貴重な森林生態系が崩壊しつつある。また、地域の水循環に多大な影響をおよぼし、渇水や洪水等の被害を増幅し、下流住民の生活環境を悪化させると共に農業にも多大な被害をもたらし、更には下流の生態系にも多大な影響を及ぼしている。
 森林経営に関しては、木材価格と資源調達の両面で、法令に従い持続可能な森林経営に取り組む林業企業を圧迫し、森林経営のモラルハザードを引き起こすことが懸念されている。このことは国外に対しても同様であり、全世界的な持続可能な森林経営に対する取り組みのマイナス要因ともなる。
 経済面で言えば、本来であれば納められるべき輸出税などの税収が納められないため、インドネシア国家財政に損害を与え、ひいては経済の回復を引き延ばしている。
 そもそも違法な活動により莫大な利益をあげる活動の存在自体が、法秩序を崩壊させ治安を悪化させるなどして社会秩序の混乱を助長している。

(6)違法伐採・違法輸出対策


@「複合汚染」
 インドネシアにおける違法伐採/違法輸出の問題は、森林セクターだけの問題ではなく、様々な社会矛盾や混乱の吹き出し方の一形態ともいえ、その根は広く深い。長年の政治腐敗や急速な地方分権・民主化など複雑な政治的混乱に由来する要因、資源量への考慮が不充分な過剰な木材加工産業への投資や経済混乱などのマクロ経済政策の失敗に由来する要因、更にはこれまでのジャワ中心主義への反発や先取占有の慣習による違法入植など地域レベルに由来する要因など様々なレベルに渡っている。
 そのため、あまり狭い視野で眺めても効果的な対策はとれず、また、何か一つの対策を実施・改善すれば解決するというわけにはいかない。各省庁横断的に協力して取り組むと同時に、様々な対策をセットで実施し、しかもそうした様々なオプションを地域や状況に合わせて柔軟に適用する必要がある。また、複雑だとか困難だとかいって、ただ手をこまねいているだけではなく、やれることをやり、シンプルなところから手を付けるなど、改善のための地道な努力が必要とされている。

 以下、2001年10月時点で、現地で議論されている対策(案)を紹介する。

A違法伐採・違法輸出対策に関する様々なオプション
 a)行政・政治面での対策
 なんと言っても、法強制力の低下が最大の問題となっている。この改善のために、行政機構面では、地方分権・民主化と矛盾しない範囲での中央政府の指導力の向上、各省庁間の調整、地方政府のモニタリングや法執行能力の向上、更には、汚職撲滅のためにモラルの向上、給料の引き上げや処遇の向上、森林行政の透明性の確保が必要とされている。その他、訴訟・判決を速やかにする特別な司法機関の設置や司法担当者の信頼性の確保が検討されている(既にEUが援助プログラムを考案中)。

また政治面では、違法伐採・違法輸出に対するインドネシア政府の責任感を高める事が重視されている。国家的なキャンペーンの実施などで国内外に断固とした姿勢を示すことが求められている。インドネシア政府も、外国援助機関に対する公約という形で、外圧を利用しながら対策を実施している。しかし、あまり厳しすぎる外圧は、抵抗勢力を利することになりかねない。

取締機関の強化として、担当機関(中央・州・県の各レベル)や権限を明確にし、予算・人員を確保すること、担当機関と司法・企業・マスコミ・NGO等との強力な連携の構築、違法伐採に取り組むNGOへの強力な支援、業務の透明性の確保(独立した第三者機関の設置と権限の付与、現地派遣、NGOとの共同取り締まりの義務化など)などが検討されている。

b)林業・木材加工産業に関わる対策
ア.木材加工産業の再編(工場閉鎖など)
 違法伐採・違法輸出の問題は、木材供給力と需要との著しい乖離という根本的な産業構造問題とも見なされており、そのため、木材需給バランスを再検討し、需要サイド、供給サイド双方での構造改革が必要とされている。供給サイドの構造改革としては、産業造林事業(HTI)の再検討や農民造林の活用などによる供給量の増加が議論され、需要サイドでは、木材加工工場の統廃合や効率的な設備への更新などによる木材需要量の減少が議論されている。

イ.金融政策
 違法伐採・違法輸出に携わる企業には補助金・資金援助・融資を出さないこと、合法的な伐採活動を遵守する企業に積極的に支援を行うことなどが議論されている。現在、アジア通貨危機の影響で、どの企業も多額の債務の返済や資金繰りに苦慮しており、効果は大きいと考えられている。しかし、この方法は違法伐採・違法輸出の摘発が前提となる。

ウ.伐採権発給制度の改革
 違法伐採・違法輸出を行わないよう、より厳しい追加的な施業条件を課すことやそもそも現状の伐採権を停止して新しい伐採権(施業条件が厳しい)を取得させるなどの案がある。なお、現行の施業指針であるインドネシア式択伐方式(TPTI)でも、林業技術的には持続的な森林施業に十分であり、必要とされる新たな施業条件とは、違法伐採・違法輸出への抜け穴をふさぎ、違法伐採・違法輸出が摘発された場合に伐採権剥奪などの逆インセンティブを与えるものが中心となると思われる。

エ.木材生産の一時的停止(モラトリアム)
 NGOからは、違法伐採問題解決のために、木材生産を一時的に停止せよ(モラトリアム)との声があがっている。違法伐採の対策を考えるにあたって、慎重な議論が重要であることは認めているが、議論を行っている間にも激しい勢いで森林が消失していくとの危惧から、対策が練り上げられるまで伐採活動を全面的に禁止することを提案している。

木材生産の停止が地元経済および国家経済に大きな痛手をもたらす点に激しい批判が寄せられているが、NGO側は長期的に見るならば、資源の持続可能な利用を可能とし、ひいては地域経済・国家経済に利益をもたらすと判断している。また、モラトリアムを実施すれば、政府・産業界は対策の考案に全力を注がざるを得ず、短期間により良い政策が策定できることも期待される。

c)地域住民に関わる対策
 違法伐採・違法輸出「産業」への地域住民の参入を止めるためには、違法伐採が地域社会や森林生態系に及ぼす悪影響に関して、普及活動を行うことがまず挙げられるが、失業や収入減少などの経済的な理由から違法伐採・違法輸出に依存している者を減らすためには、地域社会において代替収入源の開発が必要とされる。特に違法入植・違法伐採を行っている者にもし立ち退きを要求するのであれば、何らかの代替生活手段を提供しない限りその実効性は低い。

外部からの出稼ぎ労働者による違法伐採・違法輸出や地元の住民がそれに対抗的に行う違法伐採・違法輸出を減少させるために、また、行政能力の不足を補うためにも、地域住民にlocal securityとして協力して貰うことも議論されている。そのためには、違法伐採が地域にもたらす悪影響についての普及を行うと共に、土地の所有権や森林を利用・管理する権利を与えるなどの何らかの経済的なインセンティブを提供する必要もあろう。所有権や利用管理権は、取り締まりの際の法的根拠ともなる。また、現行では違法とされている、地域住民による伝統的な木材採取や慣習権に従って「慣習法的には合法」に行われている木材伐採を認定することも提案されている。

こうした認定は、秩序の安定・回復に貢献すると期待される。しかし、所有権付与や慣習権の認定に関しては、インドネシア全体の土地政策に関わる大きな問題であることと、国の管理が及ばなくなることで非持続的な利用が加速することを恐れ、インドネシア政府は慎重な態度をとっている。一方、森林利用・管理権の付与は林業省単独で対応できるため、比較的に実施可能性は高いと考えられている(限定的に慣習権の一部を認める形になると思われる)。

d)最終消費者に関わる対策
 最終消費者に対しては、まず、木材の需給のメカニズム、木材貿易、違法伐採の悪影響等について情報を提供し、そして、違法材の拒否(木材消費国においては違法伐採木材輸入の阻止の取り組みへの協力)やさらには資源の有効活用への協力を呼びかけることが挙げられている。これらのうち一部はNGOなどにより既に実行に移されている。普及啓発活動の手段として、環境家計簿のようなものをつくり、消費者が違法木材を使うことで自然環境や地域社会に与える影響(負荷)をわかりやすく示すことなどが提案されている。違法材の拒否に関しては、なるべく認証材を使うようにすることが求められている。もっとも現在、認証取得企業が少ないこともあり、生産者と消費者を繋ぐ情報交換の場(プラットフォーム)を作ることが急がれる。

政府間の話し合いの場合、内政干渉の問題や省庁間の調整の問題から合意に時間がかかるが、こうした民間セクターでの自主的な取り組みであれば動きは早いと考えられている。

e)違法材の摘発・判定(木材認証,木材追跡)
 違法伐採を止めるには、違法材を市場から閉め出すことが必要だが、そのためには、合法材と違法材を低コストで短時間に峻別するシステムが必要とされている。しかし、行政能力が低下し、許可書の捏造(ねつぞう)などによる「ティンバー・ロンダリング」が問題となっている現状では、そう簡単なことではない。伐採許可書・輸出許可書等の信頼性・証明力の確保、違法材を現地で判定する簡易マニュアルの開発と担当職員の訓練、林地の所有権・利用権が現地でわかりやすく判定できる表示、衛星・航空情報による発見手法の開発、木材追跡システム(Log Tracking System)の開発、森林行政の透明性の確保、より厳しい生産管理が必要である。

f)違法輸出対策
 違法輸出対策としては、民間企業のモラル規範開発、違法輸出に関与した国外業者の捜索と外交的制裁措置、関係国政府間(マレーシア、シンガポール、香港等)の共同対策、緊急避難的な措置として丸太輸出の暫定的な禁止、違法輸出の激しい国境地域の警察配備の強化、中央政府の直轄管理などが議論されている。

この中でも、とりわけ議論が集中しているのが丸太輸出の暫定的な再禁止(Export Ban)である。林業省は、違法輸出(違法伐採)の取り締まりを強化するために、「丸太輸出の暫定的な再禁止」案を主張している。これは丸太輸出を禁止することで、国境を越える原木を全て違法輸出として取り締まることができ、違法伐採も減少すると考えているからである。また国境において断固たる措置を取ることによって、国内はもとよりIMFを始めとする国際社会への強いメッセージとなることも期待している。しかし一方、経済学者やNGOなどは、政府の取り締まり能力を疑問視しており、また丸太が製品となって密輸されるだけとの予測から、違法輸出・違法伐採撲滅への効果が薄く、むしろ国際マーケットから切り離されることで国内丸太価格が下落し結果として違法輸出・違法伐採へのインセンティブを高めてしまう恐れがあると反対している。また、地域によっても地理的条件、経済的条件等が異なり丸太輸出禁止のメリット・デメリットに大きな差が見られることが議論を難航させ、賛否が二分している。

こうしたなか、2001年4月、林業大臣令第127号が制定されてラミン材(各種家具の主要原材料)の伐採及び国内外での取引が一切禁止された。さらに2001年10月8日には林業大臣と産業大臣とが署名して、半年間の丸太輸出禁止が決められた、現在実施中である。

 

(7)対策策定・実施の留意点
@様々な対策をセットで実施
 繰り返しになるが、違法伐採・違法輸出は様々な要因が複雑に絡み合って、多様な形態で行われている。そのため、様々な対策をセットで用意し、それらを地域の実情に合わせて柔軟に適用することが求められる。また、問題の根の広がりからも、省庁横断的に協力することが必要である。現在、IDCF(森林に関する省庁横断調整会議)が政争の結果機能不全となっているが、早急に機能を回復させる必要がある。違法輸出対策面では、林業省大臣と商工省大臣との合同省令として暫定的丸太輸出禁止措置がとられ、それに基づいて海軍が、違法輸出を摘発するなど協力関係が見られるが、根本的な解決に向けて、更に広い範囲で協力していくことが重要である。


Aインドネシアにおける木材産業の影響力の大きさ
 木材加工産業は、主要な外貨獲得産業(1999年の総輸出額は約38億ドル/年)であること、雇用吸収力が高い(直接・間接雇用者総計約400万人、家族を含める約1,600万人を扶養)こと、既に多くの投資が注入されている(総投資額280億ドル)ことなど社会経済的に重要な役割を担っている。そのため、その再編の際には、国家歳入等の確保、労働者の雇用確保、投資への安全性への配慮、林産物の安定的な供給といった側面を十分に考慮する必要がある。再編によって、国会歳入の大幅減や失業者増、投資家のインドネシア離れ、他産業への悪影響などにより経済不況の更なる悪化や社会不安が一層拡大することは避けなければならない。そのためには、工場の「閉鎖」という選択だけではなく、生産規模の縮小、工場の再配置、再エンジニアリング等をケースバーケースで適用していくことが重要である。

B規制の強さ
 現在のインドネシアにおいては、あまり厳しい条件の規制や認証は実施が困難と思われる。先述のように法強制力が弱いため、守らせることが困難であり、また規制される側も厳しければ厳しいほど抜け道を探る可能性が高い。緩すぎる規制は意味がないが、実行力のある規制とするためには、有る程度の緩和したものにならざるを得ない。

 

C森林資源の劣化・減少

現在も森林の劣化・減少が続いており、このまま進めば、7〜10年内に貴重な低地熱帯林が消滅するという予測もある。スマトラでは2005年までに、カリマンタンでは2010年までに低湿地林が消滅するという推計もある。違法伐採/違法輸出対策を巡っては、木材産業の影響力の大きさから、慎重な議論が必要とはいえ、残された時間は少ない。

議論を尽くすよりも行動をおこすことが重要であり、「今幾ばくかの損失を被るほうが、後ですべてを失うよりもましである。」という意見もある。また、理想としては全ての森を保全したいところだが、現実には困難であり、一部の重要な森林を守るしかないという意見もある。

(8)日本に期待される協力

違法伐採問題において「木材需要」は一つの重要な要因と考えられており、一大木材輸入国である日本のマーケットサイドへの関心は高い。日本のマーケットサイドが違法伐採・違法輸出問題に関心を持ち始めたことで、違法伐採・違法輸出の議論が新しいステージを迎えたと評価する向きもある。しかし、一部では既にこの数年の間、違法伐採・違法貿易に関する議論がかなり活発に行われてきたことを考えると、彼らと対等に議論するには相当の情報の蓄積と協調の精神が必要である。


@日本国内において期待されている対策
a)インドネシア政府への要求

日本は、インドネシアに対する最大の援助国であると共に、主要な木材製品輸入国である。そのため、インドネシア政府及びインドネシアの林産業界に対する発言力は大きいはずだ。そこで、日本政府が、インドネシア政府に対して、内政干渉にならない範囲で断固とした違法伐採/違法輸出を取り締まるよう要求することが期待されている。この場合日本国内の木材業界、消費者の強い意志表明が前提になる。

 

b)マーケット・キャンペーン

日本の消費者が、違法材拒否の姿勢を強く示すことが期待されている。ヨーロッパで広がった非持続的に生産された熱帯林材の不買運動へのマレーシア(サラワク州)の対応(1992年)、カナダ産原生的温帯林材の不買運動へのカナダ(ブリティッシュ・コンロンビア州)の対応(2001年)などの例からも、消費者の不買運動は効果が大きいことが伺える。

しかし、現在のところ日本の消費者のこの問題に関する関心はうすい。日本の消費者に対し、彼らには目にすることはない遠い外国の森林の劣化やそこから生産された木材に関心を持ち続けさせるためには、この問題が地球環境問題と密接にかかわっており、間接的にはやがて我々の生活にも大きな影響が出てくるということ十分に理解してもらう必要がある。今後とも消費者に対し積極的に情報公開をし、世論形成に貢献しなければならない。

さらに消費者運動の展開にあたって国際協調の重要性は否定できないので、関係国の消費者運動についてもその動向を見極める必要がある。

 

c)違法性の判断

問題は違法材かどうかの判定方法である。これを間違えば、いたずらに木材貿易を混乱させ、木材需給の安定を損ない、輸出国、輸入国双方の国益に合致しないことになるので慎重な検討が必要である。また、木材業界にしろ消費者にしろ違法性が明確な木材を排除することに異論はないはずであり、むしろ違法性を明確にするための実行可能な手段の確立やその国際的合意のほうが先決であるという意見もある。

そこで、例えばLEI("Lembaga Ekolabel Indonesia"、インドネシアエコラベル協会:FSCと共同認証を実施中)などによる認証が一つの基準として考えられるが、現在のところ、認証取得企業はまだ少ないく実効性に疑問がある。近い将来には有る程度の参加企業が増えることも考えられるがまだ緒についてばかりである。

いずれにしろ、こうした取組みは、日本一国で取り組むのではなく、関係国全体で同時に取り組まなければ効果がうすい(抜け穴ができる。)が、この問題への関心は国によって大きな開きがあり、統一的取組みは容易ではない。

 

d)日本の木材業界

現時点では木材業界で違法伐採問題に関心を持っているのは少数であり、それも知識としては理解しているが、具体的に説明できる者は多くはないと考えられる。そのため業界内部からインドネシアの違法伐採問題への積極的な発言は聞かれない。

先にも述べたとおり、情報量のギャップを埋め、業界内部の認識レベルを上げるため、まず情報収集に全力を注ぐとともに現地の深刻な状況を公開し、最終消費者を含む木材需要者の関心を高めるよう取組むべきである。そして、なるべく早い段階で、業界のはたすべき役割を明確にし、内外に向かって業界自らのスタンス/ポリシーを表明すべきであろう。

Aインドネシア国内の活動への支援

インドネシア国内においては、違法伐採問題の議論は既にかなり活発に行われていることもあり、様々なNGOの活動が報告されている。違法伐採のモニタリングを行っている団体、Tracking Systemを提唱している団体等様々である。今さら日本がこの分野で独自の行動をとることは効果的ではない。むしろ、インドネシアの主権を侵さない範囲で、現地で実際に活動しているこうした組織をどう支援するかを検討することが望まれる。

既にこれまで我が国始め多くの国際機関を通じて森林・林業に関する国際協力が実施されて来ているが、従前から行われている森林造成、森林保護、木材利用等の分野の協力に加えて、違法伐採・違法貿易の阻止に対する協力も新たな協力分野として積極的に実施すべきである。また、我が国からの二国間協力についても同様に支援対象を広げると共に、協力の相手方として現場を熟知したNGO組織を活用することも検討すべきである。

なお、これらを含めた支援策は、国際協調のもとでとの支援国と歩調を合わせて実施されなければ効果が十分に発揮され無であろう。