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1. なぜ「木」の街・むらづくりが必要なのか

    1. なぜ「木」の街・むらづくりが必要なのか

(1)新たなビジョンづくりに向けて
   ―21世紀の地域政策に求められていること―
 21世紀を迎えた今、私達は、20世紀のいわゆる「負の遺産」を解消し、新たなビジョンのもとで、社会・経済の将来像を、そして自らの生活空間のあり方を構築し直すことが必要となっている。

 周知のように、20世紀は、大量生産・大量消費・大量廃棄の経済社会により、物の豊かさを実現してきたが、一方で、化石・鉱物資源の枯渇や地球温暖化など、人類の生存基盤を脅かす多くの問題を引き起こすことになった。私達の身の回り=生活空間においても、ゴミの大量発生・不法投棄や化学物質による環境汚染など、従来の生活様式(ライフスタイル)を続けていては解決ができないさまざまな問題が生じており、環境に与える負荷が少ない、新たなライフスタイルを確立することが迫られている。

 近年、自然の生産力や資源・エネルギーの節約、廃棄物の減量化・再資源化・再使用などを通じて、持続可能な「循環型社会」を構築していくことが人類共通の課題として唱えられているが、私達の生活レベルでも、この「循環型社会」の実現に貢献できるような取り組みが不可欠となっている。そして、このような共通認識は、最近のまちづくり・地域振興の動きからも読みとることができるようになってきた。

 例えば、(財)地域活性化センターの「平成12年度地域政策の動向調査(市町村分)」が取り上げている4,114事例の内容を見ると、表1のとおりとなる。その他の施策(ふるさと・まちづくり・中山間・地域振興等)の34%に続き、「環境保全・リサイクル」、「観光振興」がそれぞれ14%、「まちなみ、ユニバーサルデザイン関係」が9%等となっている。

 本格的な少子高齢化社会の到来、高度情報化社会の進展、国際化の進展等が予想される中で、いわゆるハードからソフトへ、物の豊かさの追求から生活の質(Quality of Life)を高めるまちづくり・地域振興へと、自治体の施策がシフトしてきていることを、ここから読みとることができる。

表1 平成10〜12年度に市町村において開始される特徴的・先進的施策の分類
施    策    の    項    目  件数 構成比
(1) 環境保全・リサイクル関係施策 725 14.4%
(2) 観光振興施策 704 14.0%
(3) まちなみ、ユニバーサルデザイン関係施策 455 9.0%
(4) 行政広報・情報提供 383 7.6%
(5) 条 例 320 6.4%
(6) NPO活動・ボランティア活動 227 4.5%
(7) 行財政改革 171 3.4%
(8) バリアフリー、ユニバーサルデザイン関係施策 146 2.9%
(9) 第三セクター 143 2.8%
(10) 在住外国人関係施策 44 0.9%
(11) PFI(民間資金等の活用による公共施設等の整備等)事例 22 0.4%
(12) その他の施策(ふるさと・まちづくり・中山間・地域振興等) 1,692 33.6%
合    計     〔調査回答総数 4,114〕 5,032 100.0%
注:件数は複数の施策に項目に絡むものがあるため調査回答総数とは一致しない。
資料:平成12年度地域政策の動向(財:地域活性化センター)

 

(2)「自立」と「個性」を重視する時代
 大量生産・大量消費・大量廃棄型の「20世紀社会」から脱皮し、資源循環型の「21世紀社会」に転換するためには、従来とは異なったビジョンのもとで生活空間のあり方を構想し直し、それを実現するまちづくり・地域振興を推進する必要がある。

 その場合にキーワードとしてあげられるのが、「自立」と「個性」である。
20世紀の終盤になって、わが国は、経済面だけでなく、政治、教育、文化などあらゆる面で変革を余儀なくされ、また変革のスピードが求められるようになった。私達の身の回りでも、企業の倒産・リストラに止まらず、赤字自治体の増加や年金制度の行き詰まりなど、従来の延長線上では将来の生活設計が描けない事態が頻発するようになった。20世紀の人々の生活を支えてきたビジョンや枠組み(スキーム)が、1つの限界に突き当たっていると言うことができる。

 したがって、私達は、今ここで20世紀型の思考方法から脱却し、「自らのことは自らで考える」という原点に立ち戻って、「自立」型の将来ビジョンづくりに踏み出していかなければならない。まちづくり・地域振興においても、従来のように企業誘致や大規模施設(いわゆる「ハコ物」)整備だけで将来像を描ける時代は終わった。私達が生活する地域(生活空間)を自らの手でどう築いていくのか、私達はどのような生活(暮らし方)をしていくのかといった点を突き詰めて考えることなしには、これからのビジョンは得られない。そして、その際に不可欠の要素として浮上してきているのが、その地域の「個性」、つまり地域固有の歴史・伝統・文化等を新たな視点から見つめ直すことの重要性である。

 国土庁(現国土交通省)が平成10年3月に策定した「21世紀の国土のグランドデザイン」でも、地域の個性を生かした魅力的な地域づくりを実現することが提言され、そのためには、地域住民、NPO等も含めた多様な主体の参加による地域づくりが必要であり、かつ、既存の行政単位の枠を越えた地域間の連携・交流を活発化し、日常生活や経済活動の機能の相互補完的な関係を強化するなどの広域的な取り組みが求められている。

 表2に、地域の個性に着目した、独自性のある展開により活性化に成功した事例を挙げた。これまで各地でみられた画一的なまちづくり・地域振興ではなく、その地域の歴史・伝統・文化などの特性を再評価し、現代の知恵や感覚をプラスしたオリジナリティの高い取り組みを進めていることが、ここに掲げた成功事例の共通点である。また、単一の事業が展開されて終わりということではなく、次々に新たな有機的な事業展開がなされ、いわば「地域づくりの物語」に発展していることにも注目する必要がある。

地  域 成  功  の  要  因
山形県・金山町「風景と街並みが調和する町」 資産の発見
ビジョンづくり
事業づくり
行政の役割
人材の発見
  • 昭和61年に「金山町街並み景観条例」を制定届出制と助成制度で「
  • 金山杉の家づくり」を推進
  • 住民参加で街並みづくり100年運動などを展開
  • 全町公園化構想でオンリーワンの町づくり
  • 「美しい風景」づくりは終わりのない施策と認識
岐阜県・恵那郡・明智町「日本大正村」 資産の発見
ビジョンづくり
仕組みづくり
事業づくり
人材の発見
  • 歴史資産の再価値化(再利用)
  • テーマパーク化による観光化(資産の産業化)
  • 市民の主体的参加(ボランティア、生きがい開発)
  • 市民の参加、市民による自主運営
  • 目利き(価値発見者=カメラマン)の存在
三重県・伊勢市「おはらい町通り再開発」 資産の発見
ビジョンづくり
仕組みづくり
事業づくり
人材の発見
  • 資産(マインドを含む)の再価値化
  • 核施設(おかげ横丁)からストリートへ、三重県全体のビジョン
  • 民間へ視点(収益性)に基づく事業展開
  • 収益(目に見える効果)を前提
  • 民主導、官調整による事業展開企業経営者たちのフィランソロビー的マインド
滋賀県・長浜市「黒壁スクエア」 資産の発見
ビジョンづくり
仕組みづくり
事業づくり
行政の役割
  • 歴史資産の再評価と再価値化(再利用)
  • 各施設から街全体への展開
  • 収益をベースとする事業展開
  • 収益(目に見える効果)を前提
  • 地域開発ノウハウのビジネス化
熊本県・小国町「悠木の里づくり」 資産の発見
ビジョンづくり
事業づくり
行政の役割
人材の発見
  • 資産に現代の知恵や感覚をプラスして再価値化
  • 「小国杉の活用による地域デザインづくり」など悠木の里の6つの柱による一貫性ある施策展開
  • 行政と住民が一体になった事業展開
  • 住民参加による活動おこし、仕組みづくり首長のリーダーシップと住民参加
宮崎県・綾町「手づくり工芸の街づくり」 資産の発見
ビジョンづくり
事業づくり
行政の役割
人材の発見
  • 危機感を町全体で共有
  • 「広葉樹林文化」を目指した一貫性ある施策展開
  • 事業内容、段階に適した事業主体の選択
  • 活動おこし、仕組みづくり中心
  • 首長のリーダーシップ

 

(3)なぜ地域材に着目するのか――本報告書の狙い
 これから「自立」と「個性」に着目したまちづくり・地域振興を進めていく上で、注目され、再評価の対象となっているのが、地域の森林資源であり、そこから産出される木材(地域材)である。20世紀の工業化路線の時代においては、木材は市場でのシェアを徐々に失ってきたが、脱工業化路線の21世紀においては、木材の持つ可能性をもう一度見つめ直す必要が出てきている。

 よく知られているように、森林は、木材生産のほか、国土の保全、水資源のかん養、保健休養や教育の場の提供、さらに二酸化炭素の吸収・固定、生物多様性の保全等多様な機能を有しており、良好な自然環境、生活環境を保全する観点から、森林の公益的機能発揮に対する国民の関心は、かつてなく高まっている(表3)。

表3 森林に期待する役割の変化
順位 昭和55年 昭和61年 平成5年 平成11年
災害防止(61.5) 災害防止(70.1) 災害防止(64.5) 災害防止(56.3)
木材生産(55.1) 水資源かん養(49.0) 水資源かん養(59.0) 水資源かん養(41.1)
水資源かん養(51.4) 大気浄化・騒音緩和(36.6) 野生動植物(45.4) 温暖化防止(39.1)
大気浄化・騒音緩和(37.3) 木材生産(33.1) 大気浄化・騒音緩和(37.9) 大気浄化・騒音緩和(29.9)
保健休養(27.2) 保健休養(25.4) 木材生産(27.2) 野生動植物(25.5)
林産物生産(18.4) 野外教育(20.8) 野外教育(14.0) 野外教育(23.9)
その他(0.3) 林産物生産(12.3) 保健休養(13.6) 保健休養(15.5)
  その他(0.0) 林産物生産(9.7) 林産物生産(14.6)
    その他(0.3) 木材生産(12.9)
10       その他(0.2)
資料:総理府「森林・林業に関する世論調査」(昭和55年)、「みどりと木に関する世論調査」(昭和61年)、「森林とみどりに関する世論調査」(平成5年)、「森林と生活に関する世論調査」(平成11年)
注:1)回答は、選択肢の中から3つを選ぶ複数回答であり、期待する割合の高いものから並べている。
  2)選択肢は、特にない、わからないを除き記載してある。



 こうした森林の多様な機能の中で重要な位置を占める木材生産は、森林から産出される木材を住宅資材などとして循環的に利用することによって発揮されるものであり、その恩恵を将来にわたって持続的に享受できるようにするためには、木材(地域材)の有効利用とリサイクルの推進など、各地域で循環利用を可能にするためのシステムづくりに取り組んでいくことが不可欠である。

 再生産可能な資源である木材は、情緒を安定させ、アレルギー性疾患の原因の一つであるダニの繁殖を抑えるなど、人の健康に良い影響を与えることが明らかになっている。また、比重当たりの強度が大きく加工しやすいことから、住宅や家具等の材料としても優れており、古くから各地の住宅及び街並みづくりなどに活かされてきた。これに加えて、近年は、木材は加工に必要なエネルギーが少なく、住宅等に長期にわたって使用されることで炭素を貯蔵できるなど、地球温暖化防止対策の面からも、その有用性が評価されている。さらに、脱工業化路線への転換が求められている今日においては、癒しや活力を感じさせる材料として、また手を入れることによってその特長を高めていける素材として、木材の良さが注目されてきている。

 このように多くの長所を持つ木材(地域材)は、これからのまちづくり・地域振興を進める上で、なくてはならない資材である。地域材を適材適所に活用することで、地域特性を踏まえた特色のあるまちづくり・地域振興を具体化することができ、自然環境に負荷の少ない、安全で活気に満ちた生活環境を形成することができる。また、地域材の活用で、地場産業(林業・木材・住宅関連産業など)の活性化が図られ、雇用の確保や過疎対策の面でもメリットがもたらされるなど、さまざまな効果が期待される。

 以上のような観点から、本報告書では、地域材を活用したまちづくり・地域振興のあり方を、“「木」の街・むらづくり”の基本コンセプトとして示していく。ここまで述べてきたように、21世紀のまちづくり・地域振興のビジョンは、20世紀の延長線上では描き得ないというのが、本報告書の基本認識である。現在、わが国を覆っている閉塞感を取り除くためには、何よりもまず私達自身が活力を持って生活ができる環境を築き直すことに踏み出さなければならない。真の豊かさと充実感を実感できる生活空間を実現するために、「自立」と「個性」を重視しながら、積極的にまちづくり・地域振興のビジョンづくりに参画していくことが、かつてなく重要になっているのである。

 そこで本報告書では、地域材の有効利用を図っている先進的事例等に学びながら、「木」の街・むらづくりを進める上での問題点を明らかにし、今後の取り組み方向と展望を描いていくこととしたい。本報告書を参考に、各地で自主的・積極的に「木」の街・むらづくりのビジョンづくりが行われ、地域の「自立」と「個性」を追求する多様な取り組みが展開されることを願うものである。

>2.「木」の街・むらづくりの現状と課題

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