ここまで、「木」の街・むらづくりの具体化に向けた考え方と先進事例を見てきたが、これを(1)木を活かす、(2)人を活かす、(3)技術を活かす、(4)生業を活かす、(5)繋がりを活かす――という5つの観点から再整理し、今後の課題と取組方向を示すことで、本報告書のまとめとしたい。
すでに述べてきたように、本報告書の主題は「木(地域材)を活かす」ことであるが、そのためには人材、技術(テクノロジー)、資金、研究開発(R&D)、情報ネットワークなど、さまざまな要素を有機的に組み合わせ、地域の「個性」を発揮させた「自立」型のビジョンを構築していくことが必要である。
以下で述べる事項が、今後各地で進められるであろう「木」の街・むらづくりのビジョンづくりに活用され、さらに実践的な内容へと改善されていくことを願うものである。
(1)「木を活かす」ために
「木を活かす」、つまり地域材の活用を進める上での課題と対応方策については、すでに述べてきたとおりであるが、問題はこうした対応方策にいかに速く、実効性をあげながら取り組むかである。特に現在は、住宅部材の品質・性能がかつてなく重視される時代であり、乾燥やJASへの対応などに遅れた企業は、住宅市場の埒外に追いやられる状況となっている。エンドユーザーのニーズに応えた地域材の安定供給体制づくりを急ぐべきことは、改めて強調するまでもない。
例えば、先進事例で取り上げた富山県住宅産業近代化促進事業では、3棟の木造住宅を建てるためにスギ材を求めたが、なかなか手に入らなかったという実態が報告されている。依然として、欲しいときに欲しい材料が手に入らないという住宅建築業者らの不満・不信は解決されておらず、こうした現状を早急に改善していかなければならない。なお、コスト、安定供給、品質保証等の面で、現実的には外材も活用せざるを得ない実態を踏まえると、当面は地場産材の活用と外材の活用をバランスさせ、長期的には地場産材の供給体制を整備していくという柔軟な戦略も検討すべきであろう。
また、地域材を使った木造住宅を建築しても、地域材がどのように使われているかといった検証が不十分なことも問題である。表8に、鹿児島県営木造住宅団地「ウッドタウン伊集院」の入居者を対象に行ったアンケート調査の結果を示したが、一般的にこのような追跡調査を行っているケースは極めて少ない。地域材住宅が建った段階で事業終了としてしまうケースが圧倒的に多く、入居者は満足しているのか、予期せぬ不具合は生じていないか、メンテナンスはどのように進められているのか――などは、ほとんどフォローされていないのが実態である。
今後の「木」の街・むらづくりにあたっては、単発的な地域材住宅建築事業に終わらせることなく、長期的なフォローアップを続け、果たしてどこまで「木を活かす」ことに成功しているのかを十分に検証し、次のステップへとつなげていくことが必要である。
(2)「人を活かす」ために
まちづくり・地域振興の成否が、リーダー・人材の有無に左右されることは、改めて指摘するまでもないであろう。これに加えて、近年のまちづくり等では、住民参加や住民の自助努力への期待が強まっており、例えばNPOなどと連携して、地域住民の意見を聞くことが非常に重要になってきている。いわば、従来のトップダウン型のまちづくり・地域振興から、ボトムアップ型のそれへの転換が求められているのである。先進事例(福岡県山田市営住宅など)でも見られたように、ワークショップ方式を取り入れて、計画段階から幅広い住民の参加を求め、住まい手(居住者)の多様なニーズを時間をかけて受け止めながら合意形成を図っていくことが、「木」の街・むらづくりには欠かせない。
そして、住民参加の過程において、住まい手が「木の良さ」(健康に良い、環境に良いなど)に納得できるよう、住宅供給側は十分な説明を重ねていく必要がある。特に、住まい手にとっては、住宅部材のコストやブランド・性能表示の有無、入手のしやすさ、供給企業の安定性なども重要な選択肢となるので、こうした点で地域材が他の住宅部材よりも優れていることを、データをもとに明確にしておかなければならない。木を活用すること、特に地域材を使うことが、誰にとってどのようなメリットがあるのか、住民のためのメリット、デメリット、地域産業のメリット、デメリットなどを、当初の計画段階からきちんと整理しておくことが、「木」の街・むらづくりを進める上での必須条件である。
例えば、鹿児島県では、木材業界が独自の制度として、「木材販売士」を養成し、木材の使い方などについて、関係者等に的確なアドバイスを行っている。このように、いわば「木のコーディネーター」のようなスペシャリストの資格をつくり、ユーザーなどに、木の良さ、正しい使い方などを正確にアドバイスする人材を養成することも有効である。
また、地域において「木」の街・むらづくりを効果的に進めるためには関係者との合理的・有機的なネットワークを構築していくことが重要であり、そのための支援センターを設置し、中枢的な役割を担っていくことが求められる。
「人を活かす」とは、人材を育てることでもある。エンドユーザーのニーズを受け止め、これを「木」の街・むらづくりの具体化に結びつけるためには、「木」を活かせる「人」を育てることが何よりも重要である。
(3)「技術を活かす」ために
「木」の街・むらづくりは、地域の伝統的な技術を基底に据え、これに現代的な先進技術(テクロノジー)を融合させながら取り組んでいくべきである。地域の個性を体現している街並みの多くは、伝統的な木造住宅でかたちづくられており、その背後には、長い年月をかけて築き上げられた「匠」の技が存在している。この「匠」の技に、現代社会が要求している性能や安全性などを担保する先進技術を組み合わせることで、いわゆる文化財保護的なものではない、地域住民のいきいきとした生活の基盤となる木造住宅・街並みづくりが可能になる。
そのためには、地域の「自立」と「個性」を体現する木造住宅に関する研究開発(R&D)を、より一層推進する必要がある。現代のエンドユーザーは、住宅の品質・性能に対して、従来よりも遙かに高い水準を求めている。このニーズに応えるためには、これまでの木材利用推進に関する研究開発のスピードをアップさせることが必要であり、それを可能にする資金面・人材面でのサポート体制を早急に整備しなければならない。
先進事例で取り上げた富山県上平村では、合掌造りの民家を改装するにあたり、伝統技術と現代技術を組み合わせることで、若者が定住できるような現代の民家に再生させることに成功した。また、富山県住宅産業近代化促進事業では、地域の大工・工務店が大手ハウスメーカーとの差別化を図るために、富山の「匠」が得意とする木の良さを実感できる住まいづくりを目指している。
このように、画一的で没個性の住宅ではなく、その地域でしか供給し得ないオンリーワンの住宅を手がけることで、他の住宅との差別化が図られ、付加価値を高める試みが各地で見られるようになっている。地域に伝わる「技術」に着目し、これに現代の先進技術などを取り入れ、「木」の街・むらづくりにふさわしい木造住宅の供給を可能にする体制づくりを急がなければならない。
(4)「生業を活かす」ために
「木」の街・むらづくりの推進にあたっては、「生活者」の視点を重視するとともに、「生産者」、つまり地域材住宅を供給する地場産業の活性化を図ることが重要である。先進事例で取り上げた地域は、いずれも地域材の利用を推進する母体として、地域内の林業、木材産業、建築業を位置づけ、その連携強化と活性化に取り組んでいる点が共通している。
少子高齢化が進行する中で、個性豊かな地域の生活を維持していくためには、地域内で安定した収入を得られる道をつけておかなければならない。「生業(なりわい)」とは、「生活のもとでを得るための職業・家業」とされる。地域内に古くから存在してきた林業、木材産業、建築業が活性化し、地域の生活を支える現代の「生業」として機能するようにしなければ、「木」の街・むらづくりは現実のものとはならない。
先進事例の佐賀県有田町では、地元の設計者・工務店らで組織する研究会が、「住宅計画チェックリスト」を作成し、これをもとに個々の工務店らが有田町にふさわしい家づくりに取り組み建築実績を上げている。また、島根県益田市の高津川流域木造住宅建設推進協議会では、会員企業が家具部材製造業から木製サッシ分野に進出するなど、事業の幅を広げている。地域内の林業、木材産業、建築業が個別・独立的に事業を展開するだけでなく、お互いが情報・意見交換をし、研鑽し、刺激しあう場をつくることで、従来の事業を新たな視点から再評価でき、ビジネスチャンスなどに結びつけることができる。
また、地域の市場=商圏の中で、どのような仕組みをつくれば、地域で使われるものが供給できるかを、十分に検討することも必要である。従来の地域材振興に関わる事業は、新技術や新製品の開発に重点が置かれがちであり、それらの新技術をどう普及させ、新製品をどう販売するかというマーケティング(市場分析)の視点が希薄であった。特に、「量」から「質」への転換が求められている「21世紀社会」においては、いたずらに大きな市場(マーケット)を狙うのではなく、たとえ小さな規模の事業であってもそれを持続させ、徐々に市場規模を膨らませていくという視点も必要である。これからの中小企業にとって必要なのは、「多角化」よりも専門性を活かした「多柱化」であるとされており、特に木造住宅市場においては、木材の専門家=プロがまだまだ不足しているのが現状である。地域に生き続けてきた「生業」を再生・活性化するために、素材としての「木」を現代に活かしていける木材産業像を描き直し、適正な市場規模を念頭に置いた多様な生き残り策を探っていくべきである。
(5)「繋がりを活かす」ために
「木」の街・むらづくりが目指す「21世紀社会」は「循環型社会」であり、地域で産出された資材を地域内で有効利用し、適正に廃棄・再利用(リサイクル)するシステムが組み込まれていなければならない。「造ったら終わり」、「使ったら終わり」とするのではなく、「長く使い、また活かす」という「繋がり」をつけていくことが必要であり、そのためのネットワークを築き直していかなければならない。
例えば、地域材を使った民家や建築物などを取り壊す場合には、@再利用を前提においた解体の仕方、A収集方法と分別技術(取り外した材料や金具などの非木質系材料との分離と標準化等)、B性能評価(継ぎ手、仕口の形状の問題、強度的な検証等)、C再利用法、D利用法別の補修・処理技術(穴埋め技術、色合わせの問題、調色の問題等)、E保管・利用技術――などの検討が欠かせない。これらの諸点については、(財)日本住宅・木材技術センターが『古材等再利用指針・同解説』を策定する計画であり、これらを参考にして、各地域で具体的な取り組みを重ね、問題点の洗い出しと実践的な対応策を講じていく必要がある。
また、建築工事における特定資材の再資源化等に関する法律(建築リサイクル法)が制定され、@一定規模以上の建設物その他の工作物(70●以上)に関する建設工事(対象建設工事)については、特定の建設資材(@コンクリート、Aコンクリート及び鉄から成る建設資材、B木材、Cアスファルト・コンクリート)を分別解体等により現場で分別することを義務付け、A分別解体等に伴って生じた特定建設資材廃棄物について、再資源化を義務付け、リサイクルを推進(再資源化が困難な場合には縮減)する――等が今後実施されることとなった。しかし、現状は、木屑の処理施設が不足している。建築解体材は、解体業者から廃棄物処理業者に流れて処理され、焼却・埋め立て処理される量が多い。地域において、このリサイクル処理問題をどう解決していくかが大きな課題となっている。
兵庫県では、2000年をスタートとするミレニアムプロジェクトとして、概ね10年後を目途に、県産材の利用を促進し、循環型社会の形成を目指す「ひょうごウッディビジネスパーク(仮称)基本構想」を策定した。「木材は輸入できるが、森林機能は輸入できない」という観点から環境負荷が少なく、再生産可能な地域の人工林を有効に活用し、再利用まで含めた広大な事業の推進を計画している。このような取り組みが、各地で展開されることが期待されている。
地域材に限らず、廃棄物の処理・リサイクル問題は、21世紀の日本社会が直面する大きな課題である。この課題に、林業、木材産業、建築業関係者が、「木」の街・むらづくりを通じて積極的に取り組み、「21世紀社会」のモデルを提示していくことが、かつてなく期待されているのである。
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